日本人精神の原点

日本人精神の本質について私の考えを書いて行きます

東條の遺言「世界人に告ぐ」

この遺言は

-ブルーエット弁護士

-清瀬弁護士

-花山教師

三名に宛てられ昭和23年12/22日午後10時過ぎ

死刑執行2時間前に面会した花山師に対して読まれた物だ。

 

開戦当初の責任者として敗戦の後を見ると実に断腸の思いがする。今回の死刑は、個人的には慰められておるが国内的の自らの責任は死を以て償える物ではない。

しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。

ただ力の前に屈服した。

自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場にいく。ただこれにつき同僚に責任を及ぼした事、又下級者にまでも刑が及んだ事は実に残念である。天皇陛下に対し、また国民に対しても申し訳ない事で、深く謝罪する。」続きは次に書かせて貰うがこの遺言を読んで貰っただけでも東条英機の人柄が分かるんじゃないだろうか。愚直で日本の為に闘い続けた人だ。

判決言い渡しの光景

東條は判決言い渡しの時、二度軽く頷き東京裁判も立派な終幕を告げる事ができたと胸を撫で下ろした。

又猪瀬弁護人に「目的通り自分が元凶になって、死刑の判決を受け得たのは非常に満足だ。この上はどうか連合軍当局にいって、死刑の執行を一日も早くやって貰いたい。ぐずぐずしていて横槍が入ったら困る」と言っていたそうだ。

この言葉を受け取るなら東条英機と連合国側の

-天皇陛下に戦争責任を負わせない事

-自分に全ての責任を負わせる事

この2点について目的が一致していたのかもしれない

東条英機の主張

東京裁判での東条英機の証言

先ず東条英機が解明しておかなければならない重要問題は

-大東亜戦争侵略戦争か否か

-天皇の戦争責任の有無

この2点。

そして東條は

-大東亜戦争侵略戦争ではない

-大東亜戦争は民族解放運動であった事

-天皇陛下に戦争責任は一切ない

この三大主張を持ち続けた。

 

 

東條英機について

これを読んでいる皆様には東條英機とはどの様な人物だとイメージするだろう。

東條英機大東亜戦争の時の日本の首相であり大東亜戦争を始めた人物でもある。

大東亜戦争を始めたと聞くとやはりヒトラームッソリーニの様な悪であり独裁者と思われるかも知れない。だが違う。

東條英機昭和天皇の信頼も厚かった。彼自身昭和天皇を尊敬していた。そして皇室の見識も深かったと聞く。

彼は真珠湾戦争前夜、皇居に向かって泣いていたそうだ。昭和天皇は戦争を回避出来る道を模索していた。その意に応えられなかったからだ

極東軍事裁判(東京裁判)とは何か?

義務教育では極東軍事裁判は我々日本が一方的な「悪」として決着したと教えられている。今もそうだとしたら非常に危機的状況だ。そして広島にある

広島平和都市記念碑。そこにある

「過ちは繰り返しませぬから」これは余りに都合の良い言葉だと言わざるを得ない。主語をはっきりさせない言葉、そして戦死者の碑の前に刻む事で我々日本人が一方的に過ちを犯したと頭に植え付けるには十分すぎる。

だがあの戦争は侵略戦争ではない。我々のご先祖様が今いきる私達を護るために戦ってくれたのだ。1945年に大東亜戦争は終わった。しかし本当の戦いは終わってなかった。寧ろここからが始まりだった。終結から78年。我々は払拭しなければならないし、それに囚われているのは我々だけなのだ

歴史を知る事

日本人としての生き方、軸を手に入れたいなら歴史を勉強するしかない。

古事記」は日本人の原点を

大東亜戦争極東軍事裁判東京裁判)」を知る事は米国にねじ曲げられた日本の本当の歴史がそこにある。

この2点は日本人として生きるなら持っておきたい価値観、思想ではないか